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初めて訪ねた盛岡の街は、みごとな紅葉に彩られていました。
今年、本格的な紅葉をまだ見ていなかった私にとっては、
これはとてもうれしいプレゼント。
朝の冷たい空気を肌で感じながら、朝日に輝く紅葉を満喫。
宮沢賢治や石川啄木などの文人ゆかりの地であり、
昔ながらの手仕事が現代に息づく街。
北上川と中津川という美しい2本の川に抱かれた盛岡は、
その2本の川のように、まじめでやさしく、ゆっくりとした、とても美しい街でした。
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深夜高速バスで盛岡駅に着いたのは朝7時前。
さすが東北、想像以上に寒い!
とりあえず駅前のモスで朝食&時間をつぶした後
9時前にお店を出て盛岡の街の散策スタート。
駅から東に向かうと、街のシンボルである
清流・北上川が見えてきます。
川沿いは紅葉に彩られていて本当にきれい。
朝早い時間だったこともあって、
空気が澄んでいることを体で感じます。
しばらく川沿いをあてもなく散歩していると、
カモの群れを発見!
美しい北上川は、カモにとっても
居心地がいいのでしょうね。
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カモが見えますか? |
川の向こうが光原社 |
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北上川に架かる旭橋は、こんな素敵なモチーフをしています。
きっと、ゆるやかな北上川の流れをあらわしているのでしょうね。
川のせせらぎを感じながら橋を渡っていると、
橋のちょうど中間地点に、啄木のこんな句がありました。
「ふるさとの 山に向いて 言ふことなし ふる里の山は ありがたきかな」
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小学校の国語の授業で習った啄木の句を
未だに覚えています。
「はたらけどはたらけど なほ わがくらし
らくにならざり じっと てをみる」
当時の私には(現在でも!)
なかなか想像できない暮らし。
そんな啄木の暮らしを少しでも知りたいと思って、
ここを訪ねました。
ここは、啄木が新婚時代に妻・節子と両親、
妹の5人で過ごした家。
時に明治38年6月、啄木はまだ19歳でした。
啄木新婚の家 |
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啄木の机 |
こんな景色を見ていたのでしょうか |
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汽車の窓 はるか北に故郷の山見えくれば 襟を正すも (啄木)
光り淡く こほろぎ啼きし夕より 秋の入り来とこの胸抱きぬ (節子)
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盛岡を訪ねる際は、是非とも立ち寄りたいと思っていた光原社。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した出版社が前身で、
現在では美しい日本の手仕事の品を紹介するお店として有名です。
10時の開店と同時に入店した時、スタッフの方たちがミーティングをされていました。
そのとき、お店の責任者の方(男性)が、3名の店員さんに言っていた言葉 ---
「ここを訪ねてくださるお客さまが、まるで理想郷のようだと思ってくださること。
来てよかったと心から思ってくださること。光原社は、そんな場所を目指しています。」
志が高いとはこのこと。
見習わなければならないことがたくさんあります。
こちらでは、京都で織られたという風呂敷と、因州和紙、竹のスプーンなどを購入。
店内はゆったりとした時間が流れていて、店員さんは非常に気持ちのよい対応。
併設されている喫茶店「可否館」のコーヒーもとてもおいしかったです。
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さて、ここで私はとても素敵なハプニングに遭遇しました!
この中庭をひとりでウロウロしていると、先程まで庭の掃除をされていた
いかにも品のよさそうなご婦人に声を掛けられたのです。
「紅葉がきれいでしょう。寒くなったからやっと色がきれいになったわ。」
「本当にきれいですね。」
「この紅葉は私が30年くらい前に植えたのだけど、こんなに大きくなったのですよ。」
「あら、そうなんですか。」
そんなとりとめのない会話の後、不意にご婦人から「お時間あります?」と聞かれたので
「ええ、あります。」と答えると、
「いまあそこの蔵を開けますので、ご興味があれば見て行かれてください。」とのこと。
中には賢治関連の資料などがあるとのこと。
普段は公開されていない、蔵(資料館?)の中を見せていただきました。
中に入ってびっくり!
宮沢賢治はもちろん、芹沢圭介、棟方志功、河井かんじろうなどのさまざまな作品が
愛着をもって、美しく並べられています。
お話を伺ううちに分かったのですが、このご婦人は、宮沢賢治と交流があり、
「注文の多い料理店」を出版した光原社の及川四郎さんの娘さんで、
この蔵の展示品は、四郎さんの活動と交友関係の広さを物語るものでした。
「主に農林関係の教育書を出版していた父は、一生に一度は青い表紙の
文芸本が作りたい!と言っていて、それなら、宮沢くんが物語を書くだろうから
宮沢くんに頼もう、ということで”注文の多い料理店”を出したの。」
「初版1000部はほとんど売れずに、長いこと自宅の廊下に在庫が放置してあって、
ほんとうに邪魔だったわ。」
「棟方さんは、うちに来られて、”この襖は殺風景だから私が絵を描いてあげよう”
と言って、この襖に菩薩さまの絵を描かれたの。」
などなど・・・。
ここではとても書ききれませんが、展示品の解説と共に、
当時のさまざまなエピソードを教えてくださいました。
これらのお話は、書籍などでは決して得られないこと。
素敵な出会い。
盛岡に来てよかったなと、心から思いました。
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