さよなら電球

LED電球へのシフトを促進しようとする動きが活発になってきました。いよいよ国も動き出して、白熱電球とさよならする日もそう遠くはないんだろうなあと感じさせられます。我が家も少しずつ切れた電球からLEDに変えていっていますが、やはり少し光の様子が違って見えます。ぼやっと感がないといいますが、温かみに欠けるといいますか。いい意味でも悪い意味でも「より機械的になった」という感じでしょうか。

裸電球の温かさはなんともいえないものがあります。特に冬場はそう感じることが多いような気がします。父親の実家の洗面所やお風呂場、トイレなどの水周りの照明は全て裸電球でした。冬の寒い真夜中にトイレに行きたくなり用を足していると、突然真っ暗に。電球が切れたんですね。真夜中にも関わらず大声で「助けてー!」と叫んでしまいました。親は何事かと思って走ってきましたが、なんのことはない、ただ電球が切れただけの話でした。

お風呂場が裸電球というのはとても怖いことでしたが、その怖さを知る前でよかったと思います。昔ながらのタイル張りで風呂場の窓枠は木枠でしたから、冬の風でガタガタと震えることが多かったですね。映画に出てきそうなお風呂場でしたが、裸電球のおかげで雰囲気はさらにレトロになっていました。祖母と一緒にお風呂に入り肩までつかって100数えなさい、という懐かしい思い出は多くの人が持っているものでしょう。

電球に関わらず、昔のものは何でも「味」があると思うのです。昔の黒電話は電話をかけるまでに結構時間がかかりましたね。焦ってまわすと突き指しそうになりました。
でも電話番号をまわす間に、なんとなくですが言うことを考えていたような気がします。相手のことを考えたりもしました。もちろん番号を覚える癖もついていました。
ジーコ、ジーコという音で時間が繋がることが楽しく感じる瞬間でもありました。

今は携帯からボタンひとつで相手にかかります。むしろ電話が嫌でメールで済ませる人が多いくらいです。通話料がもったいないという人もいます。確かに、メールのほうが言いやすいことだってありますよね。でも、話さないとわからないことはたくさんあります。そんなことを、切れた電球を交換しながらふと考えたりしていました。

余談なのですが、最近、友人がお見合いパーティー.wsというサイトを勧めてきます。
「素敵な出会いができるよう応援しています」とのことです。
少し腹がたちますが、これを機に本気で考えてみようかと思います。